退職したら、不登校の娘が「学校に行く」と言い始めた話

⭐️不登校

ずっと、仕事を辞めようかどうしようか悩んでいました。3年間も。

その間に次女が不登校になり、私自身も体調を崩して、療養休暇と復帰を2回繰り返して…。ついに、今月末での退職を決めました。

有休消化に入り、毎日自宅にいるようになったら、次女がとても嬉しそうにしています。それだけでも退職して良かったと思っていたのに。

今日、次女が「学校に行ってみようかな」と言い始めました。

驚きで、絶句。

親の心に余裕が生まれると、子どもってこんなにも変わるんですね。子どもが動き出す「その日」は、突然やってきます。

なにかを手放せば、手に入るものがある!

2年前の私は、両手に抱えきれないほどの荷物を抱えていました。

*長女の大学受験
*次女の不登校
*家事・育児のワンオペ
*体調不良
職場の人間関係の悩み
上司からのパワハラ
期限付きの雇用による不安
頭打ちの給料で今後も昇給が見込めないこと
このまま、この仕事をしてていいのかという漠然とした不安
*老後の経済的な不安
*母の認知症の悪化

書き出してみたら、思ってた以上にいろいろと出てきて、自分でも驚きました。笑

人間、持ちきれない荷物を持ち続けることはできないようです。

見事にぶっ壊れてしまいました

それとともに、次女の不登校も始まって、長い暗闇のトンネルに突入です。

次女も私も動けなくなって食べれなくなって眠れなくなって…。

母(サン)
母(サン)

一生、このまま起き上がれないのかな…

私の人生も、次女の人生もポキッと折れてしまったな

もう、地の底の底やっと息をしているような気分でした。

一人で抱え込まないで。話せる場所があります。

そのあたりのお話は、下記の記事でお話ししています。

両手に抱えていて、溢れ出してしまったもののうち、約半分が仕事による悩み事でした。

今になって書き出してみると、一目瞭然なのですが、悩んでいる最中は、

何が一番辛いのか、自分でもわからなくなっていました。

そして、つい1ヶ月前に退職を決めて上司に話してから、我が家の空気が変わりました

ずっとしがみついていた職を手放したことで、楽になれたのです

母(サン)
母(サン)

あんなに必死にしがみついていなくても良かったんだな。

まずは、空が青く見えるようになりました。

何かを手放せば、その空いた手で新しいものがつかめるようになります。

脳のリソースを空けたら、ココロが楽になった

脳のリソースが空いて、これから先の人生のことを考えられるようになりました。

正職員ではなく、私と同じ雇用形態で働いていた方の中でも、特に仕事ができる有能な人ほど、待遇のいい職場にどんどん転職していきました。

職場のAさん
職場のAさん

ここにいてもお給料上がらないしさ。
5年で任期が切れて、その後の継続雇用の補償もないし。
何歳まで雇用してもらえるかもわからないからねえ。

母(サン)
母(サン)

確かに…どうしよう。

でももう年齢的に転職なんて無理なんじゃないかなあ…

そう考え続けて、14年…も経ってしまいました。

でも、今回、これまでとは違っていたのは、オンラインコミュニティに思い切って入ってみたことでした。

有益な情報をいろいろと得た結果、ついに決断しました。

母(サン)
母(サン)

退職して、もう一花咲かせてやる

家事と育児ができなくなって、仕事を休んだら、私からいろいろな肩書きが削ぎ落とされて、
ただのお母さんから、ただの一人の人間になりました。

どうしていいかわからなくなったら、とにかく背負っているもの、抱えているものを手放してみる

そうすると、何が一番自分の中で大切なのかがわかります。

母(サン)
母(サン)

大切なものは、自分と家族の健康

それがわかれば、あとは、やることは一つ。

ストレスの根本から遠ざかる。

仕事を辞める」。

答えは簡単なことでした。

私はオンラインコミュニティでの出会いで、人生が好転しました

人と会うことって大事だなあと、本当にそう思います。

画面越しで会ってもいいんですよね。声だけでもいいんです。寄り添ってくれる人がいると思えるだけで、こんなにも元気になれるとは、思ってもみませんでした。

次女も、画面越しにネッ友と毎日、毎日、楽しそうに話しています

たとえ会ったことのない人だとしても、ネット上で繋がることで自分にとても影響を与えてくれる人がいることを、子どももたちが不登校になってから知りました

誰を信じるか、何を信じるか

見極めて、センスよくスマートに生きていきたいです。

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仕事を辞めない理由は?

ずっと、両親からの呪縛(?)で仕事を辞めることができませんでした。

仕事を辞めなかった一番の理由は、今の職場に決まった時、両親がとても喜んでくれたから。

二番目の理由は、子どもたちが小さくて、休みが取りやすい職場環境が良かったから。

この職場が一番いいのだと信じて、10年以上も勤めてきました。

小さな疑問はいつも沸々と湧いてきていたのに、気づかないふりをして。

母(サン)
母(サン)

辞めたら、「どうしてー⁉︎もったいない!」って父も母も言うよなあ…

そうこうしているうちに、母が施設に入所して、父だけになり。

これもYouTuberさんの言葉ですが、「そんなの親に言わなきゃいいのに〜」。

母(サン)
母(サン)

⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎

言わないという選択肢があったなんて…。私はバカ真面目です。

こんな歳になるまで、親の目を気にしていた自分が、なんだかかわいそうになります。

しばらく、退職のことは黙っていようと思います。これで解決です!

三番目の理由は、社会に出てしっかり働いている姿を次女に見せたかった。

これは、完全に逆効果だったようです。

良かれとしていたことが、全く意味がなかった。いやいや仕事に行く姿を見た次女に言われました。

次女
次女

そんなに嫌なら行かなきゃいいじゃん
(学校が)嫌なら行かなくていいって教えてくれたの、ママじゃん

嫌々仕事に行く疲れ果てた姿より、毎日を楽しんでいる姿を見せる方が重要だったんですね。

そのためにまず私がすべきだったことは、家計管理をして、私が嫌な仕事を辞めて世帯収入が減っても、へこたれない家計を作ることでした。

経済的な問題はどうやって解決する?

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長女が私立の大学2年生で、来年から次女が通信高校に行く(予定)です。

俗に言う、お金のかかり時です。

長女は高校も私立だったので、かれこれ5年ほど「お金のかかり時」が続いています。

母(サン)
母(サン)

キッつ!!!

食費を減らしても減らしても出費は減らず…。

私のお給料は微々たるものですが、それがなくなるのもまた不安。そのため、毎日毎日職場でのストレスがあるものの、ズルズルと退職することができませんでした

日本海沿いにある、地元では「海道(うみみち)」と呼ばれている道を車で通勤していました。

場所によっては、波打ち際ギリギリを通っている国道です。

母(サン)
母(サン)

このまま海に上手に落ちたら、仕事行かなくてもいいかな…。

ちょっと怪我するかな。痛いかなあ。

「上手にってどう言うこと?」と今は自分にツッコミを入れたくなりますが。

こんなことを考えながら海道を走っていました。

経済的な不安からの逃げ方が、それしか思いつかなかったからです。

ここで、またYouTuberさんの名言で助けられてしまいます。笑
こんなに名言を多用してもいいのかなあ?著作権に引っ掛かるかなあ?
訴えられたら、すぐに削除します。汗

お金なんて使うんじゃねえー!

そうなんです。使わないと、お金って溜まるんですよねー。

我が家の経済的な問題は、食費ではなくて浪費の方でした。

とにかく、毎週末に買い物に出掛けて、ストレス発散のために買いまくっていました。

・洋服
・バッグ
・靴
・インテリア用品
・化粧品
・小物

一つの値段は小さなものですが、ちりつもです。

ここでまた名言をひとつ引用させてもらうと…。

「何かを買おうとした時に、一人で無人島にいても欲しいと思えるものなのかを考える」。

母(サン)
母(サン)

なーるーほーどー!

全部いらないわ

他人に見てもらうために買っていたモノばかりでした。

そして、浪費生活をやめました。

そしたら、資産が、増え始めました

そしたら、経済的な不安がなくなりました

そしたら、会社を辞めることができました

会社の辞め方

母(サン)
母(サン)

退職したいって言いにくいなあ…

誰に気を遣っていたのでしょうか。

自分一人がいなくなっても会社は回ります。自意識過剰。

まずは係長に話して驚かれ、翌日、課長に話して、終わり。

母(サン)
母(サン)

まずは体調をしっかり治したい。
そして、子どものために、在宅ワークに切り替えようと思います。

課長
課長

これからは、在宅の時代だよね。私は(退職までもうすぐだから)ギリギリセーフだけど、事務仕事は全部AIがすることになって、我々のような事務的な職種は、なくなっていくんだと思うよ。在宅ワーク、いいと思うよ

感度の高い課長でよかった…。

課長に、「でも、まさか退職すると言うとは思わなかったなあ…」とも言われましたが、無事、了承してもらいました。

最後は、「壮大な引き継ぎ書を作って退職してね」と係長に言われて、変なプレッシャーを感じて、一生懸命に引き継ぎ書を作っていたら、また体調が悪くなり、結局、残っていた有休消化➕療養休暇をとって、このまま退職することになりました。

あとは、デスク周りの私物をとりにいく時に、菓子折りを持って挨拶してくるだけです。

10年以上いた職場でしたが、辞める時はこんなモノですね。

年休消化で休暇に入ったら、子どもが「学校に行く」と言い始めた!

月末に退職するつもりでいたのが、3週間ほど早まって、毎日私が自宅にいることに気づいた次女が聞いてきました。

次女
次女

あれ?ママ、明日も会社行かないの?

母(サン)
母(サン)

うん!ちょっと思いがけず、早めに休めることになって、

このまま退職することになったよ。

だから家にいるよー。

次女
次女

え?毎日いるの?(ニヤ)

母(サン)
母(サン)

うん、いるよー。

次女
次女

(ニヤニヤニヤニヤニヤニヤ)

母(サン)
母(サン)

ん?そんなに嬉しいの?

母親が家にいるのは、気まずくて嫌がるのかと思ってた。
なんだ〜。だったら、もっと早くやめてあげたらよかったな

ネットの情報や、不登校の親の会の先輩ままさんたちの言葉を鵜呑みにして、「仕事は辞めないほうがいい」と思っていましたが、我が家は違っていたようです。

やはり、不登校対応は、その子その子で違いますケースバイケースです。

私は、休みに入ってから、毎日、ブログ作業をしたり、一人で温泉に行ったり、スーパーに買い物に行ったり、ちょっと夜更かしして寝坊したり…。

人生で初めてのお暇をいただいていますので、自由に楽しく過ごしていました。

母(サン)
母(サン)

平日は、温泉もすいていて、最高!

サウナ貸切、最高!

毎日、好きなことをして、ゆるゆると過ごしていたら、次女がこんな話を始めました。

次女
次女

ゲームで欲しいアイテムがあるんだよねー。

お手伝いしたら、お小遣いくれる?

母(サン)
母(サン)

うん!いいよー。

じゃあ、【お手伝い料金表】を作ってあげるよ。

夕飯を作ってくれたら、1回につき、300円だな!

次女
次女

じゃあ、学校に行ったらお小遣いいくらくれる?

母(サン)
母(サン)

・・・・・・・・・・・・ん?
(しばし、ボーゼン)

学校に行ったら、300円だな。笑

次女
次女

え〜やったー!
じゃあ、とりあえず、学校(教務室)に行って帰ってくるだけ(タッチ登校)でいい?学校までついてきてくれる?

母(サン)
母(サン)

う…うん、いいよー!
じゃあ、ちょうど、先生が明日プリントを届けてくれるって言ってたけど、

明日一緒に行こうか。(ダラダラダラダラ汗、平常心!平常心!)

子どもが動き出す。その時は突然やってきます

まあ、行けるかどうかは知らんけど。笑

これは、昨日の夜の会話です。

不登校から、1年7ヶ月と6日目の出来事です。

それでは、また。

追伸:次の日、次女は無事に学校にプリントを取りに行くことができました。担任の先生は飛び跳ねて喜んでいました。笑

一人で抱え込まないで。話せる場所があります。

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