進学校に通っていた高校3年生の長女が不登校になりました。
はじめは、ただ欠席が長引いているだけだと安易に考えていましたが、夏休みを過ぎても登校せず。
大学受験がどんどん迫ってきても登校ができないので、慌てて塾を変えたり、スクールカウンセラーとの面談をお願いしたり。
受験前のストレスで不登校になってしまった娘が大学生になるまでに起きた出来事をお話しします。
欠席が続いているだけだと思ってたら不登校になってた
長女が高校3年生の夏休み前から、
学校を休み始めました。
長女が高校に進学して、電車通学を始めてから
毎日、私が長女を車で駅まで送迎してました。
長女は時間にルーズな方で、
毎日、時間ギリギリまで寝ている子で…
1分、1秒を争うように電車と追いかけっこ
しながら、駅まで送っていました。
毎日、学校に間に合うのかドキドキして、
ドアに駆け込む娘を確認してはホッとする生活を
毎日繰り返していました。
その頃、私は仕事が忙しくて疲れ果てていて、
毎日イライラしていて。
家族にそのイライラを、ぶちまけていました。
その日は、送っていく車の中で
ついに限界がきて、
「なんで毎日、駅まで自転車で行けないの?
何で毎日、電車のギリギリの時間まで支度ができないの?時間が守れないなんて、人としておかしいよ!」
と、怒鳴り散らかしたんです。
その次の日から…
長女は学校を休むようになりました。
そのまま夏休みに突入。
夏休みが終わって、授業が開始されても、
長女は学校に行きませんでした。
進学校に通っていたので、
(受験期のストレスもあるのかな?)
なんて、
怒鳴り散らかした自分の行動を、完全に棚に上げて
(何で、学校に行かないのだろう?)
と、休んでいる原因を、娘の中に探そうとしました。
7月末から、8月、9月、10月、11月…
一向に学校に行かない長女のことを心配しながらも
何をしていいのかも分からず、
仕事が忙しいことにかまけて、何もしないでいたところ
ついに、担任の先生から電話がありました。
「何かありましたら、いつでもご連絡ください」
(あれ?何か対応しなきゃなんだっけ?)
(そのうち登校するんじゃないの?)
(何かしなきゃいけない状況なの?)
娘はしばらく休んでいるだけで、いつかは登校するだろうと、何となく軽く考えていました。
(でも担任の先生から電話も来たしな…)
とりあえず、大学の頃からの友達に連絡して、
事情を話して、一緒に食事に行くことにしました。
そしたら…
友達:「やっぱり個室がいいよね。その方が話しやすいよね」
といって、わざわざ個室を予約してくれました。
(ん?あれ?何で個室?)
その時は、友達の気遣いの意味がすぐには分からなかったのですが、個室でハッとしました。
(ああ!うちの子って休んでるだけじゃなくて、不登校なんだ。え?不登校って隠れて話さなきゃいけないことなの?悪いことなの?)
友達は、とってもとっても心配してくれて。
でも、それに何だかモヤモヤ違和感があって…
私も、長女も、かわいそうなの?
って。
不登校の原因は何なのか
やっと、“自分の娘が不登校になったのだ”と
理解して、受け入れて、
担任の先生に電話をかけてみることにしました。
「1〜2年生の頃に、頑張って休まずに登校してくれていたので、このまま受験期に入って、自由登校になる1月まで欠席しても、出席日数は足りているので、卒業はできます。大丈夫です。」
「そうですか、あ、ありがとうございます。」
すごくいい担任の先生だったんです。
出席日数を一生懸命に数えてくれて。
でも…
(あれ?うちの子って、そんな大変な状況なの?)
確かに受験生で、ピリピリしていた長女。
腫れ物に触るように、刺激しないように、
何で登校しないのか聞いてみました。
「あの英語の先生が合わない。あの友達が、嫌な言い方をする。」
と理由は色々。
でも、
これといった理由がある訳ではない気もするけど…
じゃあ、担任の先生に相談しようと、学校に行ったりもしましたが、結局、登校はできないまま。
学校に勧められて、
スクールカウンセラーに面談をしてもらう事に。
面談の後で、何を話してきたのか長女に聞いてみると、
「小さい頃からのことを聞かれた。習い事で、ピアノ、水泳、ランニングクラブ、公文、塾とか行ってて、
1週間のうち、何も習い事が無い日は水曜日しかなかったって話したら、
『カウンセラー:それはすごいね…これまで頑張りすぎて、エネルギーがなくなっちゃったんだね』
って言われて、涙が出た」と。
そこで初めて、長女を産んでから17年間、
私は、長女に自分のエゴを押し付けて、
無理をさせ続けてきたのだと気づきました。
そして、国立大の受験を失敗した
自分自身のリベンジを長女に託していたのだと。
(不登校の原因は母親の私だった…)
それから、
受験期に本格的に突入した長女を見守りながら、
心の中で、
ダメな自分の過去を攻めるようになっていきました。
それでも、まだリベンジは続いていて、
何とか、私の希望するように長女が受験してくれることをどこかで期待している毎日でした。
私の期待に応えるべく、過密スケジュールで私立大学の受験をこなしていく長女。
私の希望する大学や、長女が見つけてきた自分が入りそうな大学など
全部で8校の試験を黙々と受け続け、
ついに1校、合格することができました。
そのとき、きっと、長女の肩の荷が降りたのでしょう。
国立大学の2次試験の朝。
前日まで受験すると言ってた長女は、2階から降りてきませんでした。
自分で、自分の進む道を選んだのです。
それで良かったんです。
長女の人生は長女のもの。
親がコントロールするものではありません。
自分で選べなかった人生は、後に後悔を残すだけ。
そこから私は、療養休暇に本格的に突入し、
次女も不登校に本格的に突入しました。
でも、長女は、そこから一人暮らしになって
自分の人生を取り戻しました。
大学進学で親元を離れた長女の選択は正しかったと思います。
高校生活の最後は不登校だった長女が
大学生活を送れるのか、親としては心配していましたが、
長女は伸び伸びと大学生活を謳歌していました。
本当に、私の元から離れてくれてありがとう。
私の元から巣立ってくれてありがとう。
今では、大学受験が親離れ、子離れの最高のタイミングだったと思っています。

